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環境めがねで見てみようVol.7 | 藤田 成吉さん
2012.8.31 UP
昔話の中には、自然と付き合う大切な知恵の数々がシンボリックに表現されたものが少なくありません。今回は、中国の民話「孫悟空」を題材に、〈環境めがね〉をかけて、昔話に秘められた宝(知恵)探しをしていきましょう。
未来の乗り物觔斗雲?
ひょんなことから某自動車メーカーの技術担当副社長の講演を聴いたことがあるけど、ひと昔前のことだから話の中身はあらかた忘れている。それでも一カ所だけ、頭の片隅に引っかかってるんですよね。
どんな話かというと、副社長の曰く、「我が社の技術スタッフにはこう言っている。未来のヴィーグル(乗り物)の開発には、‘車’という固定観念に囚われずに大きな夢を持って取り組んでくれ。たとえば(と、スクリーンにそれらしき絵を映しながら)孫悟空の觔斗雲(きんとうん)はどうか。素晴らしく魅力的な乗り物ではないか」。
つまり、‘科学’や‘技術’の話と奇想天外な「西遊記」のやんちゃなスーパーヒーロー‘孫悟空’とが絡み合って、記憶の網の目からこぼれ落ちないでいたわけで、結果として一つの記憶術だったのかもしれません。
しかし、年ごとに老人力はいや増すばかり。これから先も脳内に留まっているかは保証の限りではない。転ばぬ先の杖、忘れる前のメモ、となった次第。
「西遊記」(※1)は中国の民話の宝庫と言われているようですが、孫悟空と科学・技術を巡って環境めがねに映るよしなしごとの、二つ三つばかりを書いてみることにしますね。
まずは、孫悟空が石から生まれたこと。いわゆる科学的なギモンですが、そもそも野暮なことなど言う気はないのです。ま、桃や竹まではいいんじゃないですか。しかし、いくら荒唐無稽とはいえ石は無機物ですからね。
でも、アニミズム(※2)では草も木も、山も川も、生物も無生物も魂をもつ。とりわけ巨岩や奇岩などには神や霊魂が宿ると考えられている。また、世界各地には子宝に恵まれない女性が石に祈ったり、触ったりして懐妊を願う風習もあるという。(※3)
悟空を生んだ花果山の頂きの大きな石(岩)も、天地開闢(かいびゃく)以来、霊気や精華を受け続けていたらしい。そしてある日のこと、その岩が裂けて、石の卵が出てきて、割れて、悟空が生まれる。これって、岩が裂けて石になり、石が砕けて砂となり土となり、植物が生え、動物も生まれ育つ、という自然界のプロセスと重なって見えますよね。で、途中を飛ばして始めと終わりをつなぐと、岩(大きな石)から動物(悟空)が生まれた、となったりして。
それに石が大好きだった宮澤賢治も、「黒坂森のまんなかの巨(おお)きな巌(いわ)が、ある日、威張ってこのおはなしをわたくしに聞かせました」(※4)と話していますし。環境めがねで見ると、‘石(岩)は生きている’と言えるかもしれませんね。
科学技術と觔斗雲
さて、二つ目は件(くだん)の觔斗雲。悟空がとんぼ返りをしてひとッ飛びすれば、なんと十万八千里の彼方まで行ける。中国の一里は約五百メートル、ということは優に五万キロメートルを超えている。ちなみに人工衛星のスピードは秒速八キロメートル、小惑星イトカワから微量の鉱物を持ち帰ってきた‘はやぶさ’は秒速三十キロメートルぐらいだそうだから、これはまさに超先端科学技術と言えるのではないか。加えて超省エネ・ビーグルではないか。
悟空はこの觔斗雲に乗り、如意棒(にょいぼう)を意のままに振り回し、分身の法などで乱暴狼藉のヤリマクリ。ちなみに体の毛を抜き取って口に入れ、吹き出すと何十何百もの悟空が生まれるという分身の法も、先端的なクローン技術を彷彿させたりしますよね。
天宮の玉帝も困り果てお釈迦さまに悟空を懲らしめてくれるようにお願いする。「孫悟空よ、わしのこの手のひらから飛び出せたらそちの勝ちだ」。悟空が觔斗雲に乗って世界の果てへと飛んで行くと、天を支えている五本の柱が立っている。悟空は真ん中の柱に斉天大聖(せいてんたいせい―玉帝が悟空を懐柔するため与えた称号)と書き、おまけに根元にオシッコまでかけて帰ってくる。
お釈迦さまが手のひらを拡げると、指に悟空の名が書かれている。小便の臭いも。「悟空よ、おまえはわたしの手のひらから出ておらぬ」。もうお尻ペンペンではすまない。お釈迦さまは悟空をつまむと、五行山の岩の下に閉じ込めてしまいます。
ところで、「西遊記」の中でも有名なこのエピソード、環境めがねで見ると、いかなる科学技術をもってしても<自然の限界>を超えられないということを物語っているのではないか。たとえ現代科学文明が<成長の限界>(※5) を超えることができるとしても、ね。
三つ目は金の箍(たが)。岩牢に閉じ込められてから五百年、聖典をいただきに天竺(インド)に向かう玄奘三蔵法師に、悟空は「弟子にして下さい、取経の旅のおともをさせて下さい」とお願いする。三蔵法師は封印を解いて石牢から助けてあげる。が、悟空はさっそく科学兵器?!にものをいわせて大暴れ。やり過ぎですよと、きつく叱っても言うことを聞きません。
困った三蔵法師が悟空の頭に観音さまからもらった‘金の箍(たが)’を被せて緊箍経(きんこきょう)を唱えると、とたんに悟空、「頭が痛い!痛いよう!」。金の箍はしっかり頭に食い込んで、はずそうにもはずれない。もうやり放題は通らない・・。
辞書を引いてみると、‘箍’を使った慣用句にこんなのがありますよね。たがを外す(羽目を外す、規律がなくなり大騒ぎする)、たがを嵌(は)める(たるんだ気持ちを引き締める、規律を取りもどす)。これってまさに、悟空の使用前と使用後にピッタリだと思いませんか。
で、このエピソード、環境めがねで見ると、後ろから現代社会のこんな影のシーンが浮かび上がってきたりして。科学技術の驚異的な発達がもたらした核を始めとする科学兵器による大量殺戮、成長の限界を超えた大量生産・大量消費・大量廃棄に伴う地球規模の環境破壊や不可逆的な生態系の喪失などなど。つまりこの金の箍はですね、科学技術の持つ暴力性や破壊性への歯止め・規範(科学技術倫理)の必要性を、シンボリックに示してるんじゃないかな。
と、まあ孫悟空版「環境科学特論」のようなもの、ガッテンしていただけましたでしょうか。
※1 「西遊記」は、玄奘三蔵法師の「大東西域記」(646年)から900余年の間、中国各地の様々な民話が加えられ幾度となく編集され、明の呉承恩が集大成(1592年)したと言われている。ちなみに『西遊記』(中野美代子訳)の分量は、各巻400ページを超え、岩波文庫10分冊に及ぶ。
※2 環境めがねで見てみよう vol.3 昔話「鶴女房」編 参照
※3 中野美代子『孫悟空の誕生』岩波現代文庫 参照
※4 宮澤賢治「狼森と笊森、盗森」(『注文の多い料理店』に収録)新潮文庫
※5 ローマクラブが1972年に発表した地球環境問題に関する先駆的な報告書。経済成長や人口増加の傾向がこのまま続けば、100年以内に資源の枯渇や環境の劣化で限界に達すると警鐘。
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