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環境めがねで見てみようVol.9 | 藤田 成吉さん
2014.2.14 UP
昔話の中には、自然と付き合う大切な知恵の数々がシンボリックに表現されたものが少なくありません。「創世記:エデンの園」を題材に、今回は、新型の〈環境逆さめがね〉をかけて、昔話に秘められた宝(知恵)探しをしていきましょう。
‘神話の世界’と‘夢の文法’
神話は人類が紡ぎ出した原初の物語と言われていて、伝説や昔話とモチーフや話型が共通していることも少なくないとか。神話は、つまり、理不尽で荒唐無稽な物語の元祖ってわけですけど、でもどこか夢にも似たリアルで生々しい質感(クオリア)に囚われたりしたことはありませんか。
じつは夢とか無意識の構造が神話づくりに、深くかかわっているらしい。たとえば宗教学者M.エリアーデの曰く、人間が無意識の世界(夢、白昼夢、幻想、幻覚、誇大妄想)を経験しなかった時代など想像することはできない、神話はこれらの体験と密接な関係をもっている、と(※1)。ご先祖様は、圧倒的な自然の脅威と豊かな恵み、昼と夜、生と死をはじめとする森羅万象を無意識の世界で関連づけ、有機的に理解しようとしたってわけですね。
ところで、「夢」と言えば精神分析学の元祖S.フロイト。彼は夢を形成する心の働きを「夢の業務」と呼び、無意識レベルの心的要素を圧縮や変換、ずらし、引っ繰り返し、歪曲(メタモルフォーゼ)などの‘夢の文法’を駆使して、世の常ならぬ奇怪なイメージに変えて顕在化させる、と述べている。また、時には因果関係を逆転させ、夢の中では結果から原因が起こる。このため、顕在化した夢を引っ繰り返して解釈しなければ、意味がつかめないことがある、とも(※2)。
あべこべの神話、エデンの園
さて、人類の起源に関する神話の中の神話と言えば、『旧約聖書』の「創世記」に記された「エデンの園」。この広く人口に膾炙(かいしゃ)し、文化的にも大きな影響力を持つ神話を巡っては、キリスト教文化圏をはじめとする多くの宗教家や学者、芸術家などが昔から今日まで、知恵の木の実?蛇の誘惑?原罪?楽園からの追放?エデンの園はどこか?などの解釈について喧々諤々(※3)。それに今でも人間は神によって造られたと、エデンの園をそのまま信じている人も少なくないようです。
じゃあ夢解釈の技法に倣い、‘環境めがね’を改良した‘環境逆さめがね’でアダムとイブの神話を解釈したらどうなるか。ちなみに‘環境逆さめがね’とは、生物学や霊長類学、古人類学、進化人類学などの知恵をお借りしてレンズを磨き、エデンの園のストーリーを反転させ、ご先祖さまの‘自然環境(の変化)への適応や社会化のプロセス’として読み解こうとするものです。
では、さっそく‘環境逆さめがね’で覗いてみましょう。エデンの園のあらすじはご存じでしょうから、レンズの向こうに浮かび上がってくる幾つかのシーンにフォーカスしますね。まずは、このシーン。神が原初の人間アダムを眠らせ、彼の体から肋骨を一本取りだして最初の女イブを造った、という。しかし、福岡伸一さん曰く、「アダムはイブから作られた」(※4)。受精卵は最初のうちはみな女性を作るプログラムが進行。受精後6週目ごろ、もしその受精卵の染色体46本のうちY染色体が1つあると(他の45本はX染色体)、女の道からバイパスにそれて男性に作られ始める。生物学的には女(イブ)がベースで、男(アダム)は女が加工されて出来上がる、というわけ。神さまがアダムを眠らせて男性中心の世の中をお創りになったんじゃなくて、遠い昔にアダムの末裔に取り憑いたオプセッション(強迫観念)が「夢の業務」を駆動させ、父権の‘聖なる根拠’を顕在化させたのかもしれませんね。
楽園は、熱帯雨林の樹上にあった!?
つぎは、迷わずエデンの園を読み解くキモにアプローチしましょう。さっそくですが、この寓意に満ちた人類起源神話の核心は何だと思いますか。答はエデンの園があった場所、ではないか。この謎について、古来、ユートピア(ギリシャ語でどこにもない場所)のような寓話説とか東方(極東アジア)などの実在説が議論されてきたが、近年ではチグリス河やユーフラテス河に囲まれた肥沃なメソポタミアの地が有力だとか。でも‘環境逆さめがね’をかけると、エデンの園が遥か700万年以前の‘アフリカの熱帯雨林の樹上’に見えてくる。そして、この奇想天外なエデンの園の物語が引っ繰り返り、人類の起源の‘謎’が再び変換されて明らかになってくる、というわけ。
さて、創世記には、‘エデンの園には美味しい実のなる様々な木が生え、園を潤す川が流れ、多くの動物や植物に満ちている’と記されていますが、‘熱帯雨林の樹上’も捨てたものではない。霊長類学や人類生態学などによると、ご先祖さまの類人猿が棲んでいたアフリカの熱帯雨林の樹の上は、強い陽射しが遮られて涼しく、果実や花、若芽などの豊かな食物に恵まれ、捕食者などの天敵も少ない優れたニッチ(生態的地位)だったという(※5)。ご先祖様は、まさに‘地上の楽園’ならぬ‘樹上の楽園’に棲んでいたんですね。
知恵の木の実は、エデンの園の外にあった!?
では、どうして楽園から追放?されたのか。創世記によれば、こうです。神は、アダムとイブにエデンの園のあらゆる実を採って食べてもよい、ただし、園の中央に生えている命の木と善悪を知る木の実だけは決して食べてはならない、と固く禁止。ところがイブは蛇に唆(そそのか)されて‘禁断の木の実’を食べ、アダムにも食べさせた。すると二人は裸でいることに気づき、恥ずかしくなって腰のまわりをイチジクの葉で覆った。このことを知った神は大いに怒り、アダムとイブをエデンの園から追放した、と。ちなみに掟(タブー)に背くことが<関係の破綻>をもたらすというパターンは、他の神話や多くの昔話にも見られる話型ですよね。
さて、この人類史上最大の追放劇を‘環境逆さめがね’で読み解くと、どういうわけか出来事の生起する順序が全てあべこべになっちゃいます。
まずは、禁断の木の実をいつどこで食べたか。じつはエデンの園からの追放が先で、その後に楽園の外にあった知恵の木の実を食べたのではないか。なぜかといえば、直立二足歩行こそが人類の起源を画する決定的な要因と考えられるからなんです。
霊長類学や古人類学などによると、地球規模の気候変動や隆起と断裂を伴う地殻変動によって形成された大地溝帯(グレート・リフト・バレー)(※6)の影響でアフリカの熱帯雨林が後退・縮小、ご先祖様は700万年前ごろに森林の樹上から拡大するサバンナ(木の疎らな草原)へと追放される(森林から追い出される)。この結果、サバンナという新たな環境における捕食者(猛獣)対策とか採集・狩猟に有利な視野や移動能力を獲得するため、直立二足歩行へと進化。また、これに伴って手の自由度も大きくなり様々な道具が使いやすくなったこと、頭骨と脊髄の接合部分(大後頭孔)の位置が重い脳を支えやすく変化したこと、過酷な環境に協力して適応するために高度なコミュニケーションが必要になったことなどから、ご先祖様の脳が大きくなり知能の進化が促された。これって、楽園を追放されたことが原因で知恵の木の実を食べることになった、ということですよね。もっともご先祖様は一気にサバンナへ進出したんじゃなくて、かなり長きにわたって森林の縁辺(ホレスト・フリンジ)に留まって森と草原の間を行き来していたようですが(※7)。
アダムとイブは、サバンナで裸になった!?
つぎはアダムとイブが裸に気づいたという話。でもその前に押さえておきたい点は、哺乳類は獣で獣は毛物だってこと。体毛に覆われていない哺乳類は例外(クジラやゾウなど)で、その例外の中でも裸を恥ずかしいなんて思うのも例外。人間は裸に関し、じつは例外の二乗という奇妙な動物なんですね。
それでは、ご先祖様はいつどこで裸になったかだけど、これも原因と結果があべこべ。‘環境逆さめがね’で見ると、先にも触れたように、楽園から追放されたご先祖様はサバンナの強い陽光と暑さに曝されながら猛獣の攻撃から逃げるためや、採集・狩猟のために、長距離・長時間移動が必要となった。で、この厳しい環境に適応するために体毛を無くし、発汗による放熱効果を上げられるように進化した。これも楽園から追放されたために裸になり、裸であることを知ったってことですよね。
加えて、強力な紫外線による皮膚ガンなどを防ぐため、白い肌を暗褐色のメラニン色素で覆うようになった。ちなみに人間に最も近縁のチンパンジーの体毛の下の地肌は白い色をしていますけど、アフリカのサバンナに追放された人類は環境に適応するため体毛を失い、さらに白い肌を黒い肌へと変化させたというわけです。
では、地球上になぜ黒い肌、黄色い肌、白い肌の人がいるのか。20万年前に東アフリカのサバンナに出現した原生人類(ホモサピエンス)が6~5万年前に世界各地に進出(適応放散)。これらの人々のうち北方に展開したグループは紫外線が少なくなり過ぎため、肌を白くして弱い太陽光に適応。黄色の肌はその中間の適応ってことみたいです(※8)。
さて、神は禁断の木の実を食べたイブに「おまえは苦しみつつ子を産むことになる」と宣告して、エデンの園から追放。でもですよ、これも後先があべこべでは。楽園から追放され、直立二足歩行へ進化するのに伴い骨盤が変形し、産道が狭くなった。その上に脳が拡大する。つまり、直立二足歩行に適した骨盤と大きな脳を持った胎児が出産を困難なものにした、というわけ(※9)。こんなに難産なのは人間の女性だけ。医療の発達した現代でも出産で亡くなる妊婦は稀ではない、いわんや古(いにしえ)においてをや、ですよね(※10)。
と、まあこんな具合でして、エデンの園における<追放の原因>と<引き起こされる結果>とは、すべてあべこべ。‘真逆の真’とか、‘180°正しい’と言っていいかもしれません。
ところで、残されているもう一つの大きな謎は、楽園からの追放の原因となった‘蛇の誘惑’。これもまた原因と結果の変換ではないか。楽園から追放されてイブは難産になり、しかも生まれてくる子どもは未熟で手がかかり育児には長期間かかる。どれもイブ1人では無理、協力者が必要ですよね。
蛇は多義的なシンボルですが、ここではそのものズバリの男根と解く。創世記では次にイブがアダムを誘惑して禁断の木の実を食べさせますけど、楽園から追放されたイブは必要に迫られて新たな生殖戦略を採用する。たとえば、排卵を隠してコンスタントなセックスを可能にしたり、裸や性交を恥ずかしいものにして囲い込んだりと、性愛をボンド(きずな)にアダムを妊娠・出産・子育てに取り込もうというわけ(※11)。
でもこの結果、欲望(性、支配、所有、不老不死など)の増殖装置(原罪)が人間の心の中に組み込まれたということかもしれません。もっとも、この装置の本格的な稼働は採集狩猟社会から農耕牧畜社会に移行した1万年前以降、フル稼働を始めたのは300年前の産業革命以降ということですけどね。
帰りたい、帰れない、サルの楽園?!
さて、人類の起源を巡る神話とはいっても、猿人(約700万年前)、原人(約200万年前)、旧人(約50万年前)、新人(約20万年前)にわたって人類の意識の深層に埋もれ続けてきた太古の記憶が、圧縮され、変換され、変容された物語。こんな仮説を立てて誤解を恐れずに‘環境逆さめがね’で「エデンの園」を覗いてきましたけど、牽強付会、我田引水の嫌いがあった(あり過ぎた!?)かもしれません。
では、‘逆さ’をもとに戻し、遠い昔にご先祖様と枝分かれしたおサルさんの現在の姿を‘環境めがね’で覗いてみたらどうなるか。霊長類学者の山極寿一さんによれば、こうです・・・騒々しく餌の争奪戦を繰りひろげる餌づけされたサルとはちがって、野生のサルは何ともいえず美しかった。朝は鳴き声とともに行動をはじめ、豊かな森の幸を自分で選びとって食べる。おなかが満たされた昼下がりにはまどろみがあり、夕日を横目に、やがて穏やかな夕方を迎える。彼らの一日の暮らしぶりは、ほかの動物や山や空や太陽といった自然と、とても美しい調和を奏でているようにみえました。・・たぶんずっと昔、人間が山や森に棲んでいたころには・・自然と調和して生き生きと暮らしていたんだろうな、と(※12)。
野生の楽園に棲むおサルさんに比べ、生態系から逸脱して人工的な<餌づけ>という禁断の木の実を争って食べるおサルさんはどうでしょう。まるでエデンの園から追放され、戦争を繰り返し、自然を破壊し続ける私たちの姿にダブってきたりしませんか。
そうは言っても、もうエデンの園に帰るのは無理かもしれない。しかし、今こそ欲望増殖装置の暴走にブレーキを掛け、森を守り、自然と人が共生し、人と人とが分かち合う‘裸のサルの楽園’をめざして本気で取り組まないと、ヤ・バ・イ。今度は地球から追放されてしまうかもしれませんからね。
本稿は神の怒りに触れたのか、ひどい難産になってしまいました。
神よ、そして読者よ、お許しあれ!
※1 『世界宗教史 1』、M.エリアーデ、中村恭子訳、ちくま学芸文庫、2000年 参照
※2 『精神分析入門 上』、S.フロイト、安田徳太郎他訳、角川ソフィヤ文庫、2012年 参照
※3 『アダムとイブ 語り継がれる「中心の神話」』、岡田温司、中公新書、2012年 参照
※4 『生命の逆襲』、福岡伸一、朝日新聞出版、2013年 参照
※5 『森林がサルを生んだ―原罪の自然誌』、河合雅雄、平凡社、1979年 参照
※6 大地溝帯:約1,000万年~800万年前にかけて形成された西南アフリカから東アフリカを縦断する、総延長約7,000㎞の巨大な渓谷。この大地溝帯によって大西洋からの湿った風が遮られ、東アフリカに人類進化のゆりかご(サバンナ)が広がったと考えられている。
※7 『人類の原点を求めて』、M.ブリュネ著、諏訪元監修、山田美明訳、原書房、2012年 参照
※8 『病の起源①』、NHK病の起源取材班、NHK出版、2009年 参照
※9 『ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか』、NHKスペシャル取材班、角川書店、2012年 参照
※10 「朝日新聞」(2013年12月28日)記事によると、2012年の出産に伴う妊婦死亡者数は61人である。
※11 『オスの戦略 メスの戦略』、長谷川真理子、日本放送出版会、1999年、『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』、J.ダイアモンド著、長谷川寿一訳、草思社文庫、2013年 参照
※12 『ゴリラは語る』、山極寿一、講談社、2012年 参照
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