アロマテラピー検定・資格の認定、学術調査研究の実施
インタビューVol.4 | 植物生態学者 多田 多恵子さん
2010.6.1 UP
前編では植物がいかに敵から身を守っているかを具体的にお話ししました。後編では、美しく、そしてしたたかな花の戦略をたっぷりご紹介します。
客を呼び込む花の戦略
季節や場所ごとに咲きめぐるさまざまな花々。甘く香る花に、香らない花、色や形もそれぞれです。花は花粉や蜜をえさとして虫や鳥に提供し、花粉を運んでもらっています。花は虫や鳥を引き寄せるために花びらを広げ、香りを漂わせます。どうしたらたくさんお客さんに来てもらってたくさん花粉を運んでもらえるでしょう。客を呼ぼうとする花の戦略は、レストランの経営戦略と似ています。通りすがりの一般客から、何度も通ってくれる常連さんまで、お客さんのタイプもさまざま。つまりどんな色や形の花を咲かせるかということは、どんなお客さんをターゲットにしているか、と深くかかわっているのです。花は目当ての客の好みや行動に合わせて、花の形や色や香りや店を開く時間帯を設定し、思い思いのアピールで客を呼び込み、花粉を運んでもらおうとがんばっているのです。
万人向けの花 ムルチコーレ
ファミレス系「黄色い花」
一般に花粉は黄色いので、花レストラン業界では「黄色」はご馳走のシンボル。黄色で、上向きに咲いていて、おしべやめしべの場所がはっきりわかるような花は、ずばり「ファミレスタイプ」。科が違ってもキンポウゲやヘビイチゴやオトギリソウがどれも上向きの黄色いカップ状の花を咲かせます。ドレスアップしていかなくても手軽にお腹を満たすことができる、一般客向けのお店です。花と昆虫の世界で一般客といえばハナアブやハエ。口が短くて複雑な構造の花からは蜜が吸えず、ふらふら飛んであまり信頼性はないけれど、とにかく数はたくさんいて、全体でみればそこそこお代を払ってくれるお客です。
ツリフネソウとトラマルハナバチ
形が複雑な花は常連客向け
数は少ないものの、確実にリピーターになってくれる信頼性の高いお客がミツバチやマルハナバチなどハナバチの仲間。人間界なら、ちょっとリッチな常連客といったところ。こういった店はわかりにくいところにあるのが鉄則。たとえばツリフネソウは袋状の花の奥の細い筒に蜜をためていて、中にもぐりこんで細い口を差し込まなければ蜜にありつけません。ハエやハナアブはもぐったり後ずさりができないので、ハチしか入れないお店というわけです。花の方も、虫をもぐりこませることでたっぷり体に花粉をつけさせることができるので、効率よく花粉を運べるというメリットも。ハチはピンク~紫色が好きなので、ハチ向けの高級レストランを開いている花の多くは紫系統の花を咲かせます。
コオニユリの花の蜜を吸うキアゲハ
アゲハは朱色で呼び込め
昆虫の色覚はとても豊かで、人間には見えない紫外線領域まで色として見ることができますが、その代わり長波長域は人間より狭く基本的に朱色や赤色が見えません。ただ例外はアゲハ蝶で、彼らは朱~赤色がよく見えます。そこでコオニユリやキツネノカミソリやヤマツツジなど、アゲハ蝶に来て欲しい花は、蝶の色の好みに合わせて朱~赤色の花を咲かせます。アゲハの羽にたっぷりと花粉をつけたいがために、アゲハ蝶をお客さんと定めた花は、アゲハ蝶の体格にあわせて大がかりなつくりをしています。
赤い花で鳥を誘うヤブツバキ
赤くて香りがない花のお客さんは鳥たち
真っ赤な花にはたいてい香りがありません。香らないのもじつは花の戦略のうち。なぜなら赤い花のお客さんは鳥だからです。鳥は香りに鈍感なので香らせる必要がない。そして赤い色が好きなので、鳥をターゲットとする花はたいてい赤い色で、横か下を向き、体重に合わせてつくりがガッシリしています。ツバキやデイゴがこのタイプです。
そのほかにも、花のレストラン街には様々なタイプの店がそれぞれのお客を待って開店しています。夜に淡い色の花を咲かせて細いカクテルグラスに注いだ蜜と甘い芳香で蛾のお客を誘う無国籍レストラン系?のジャスミンやカラスウリやオオマツヨイグサ。熱帯のコウモリをターゲットに、夜の数時間の間だけ径20センチもある純白の薫り高い花を咲かせる月下美人など、花レストランの経営戦略は多岐にわたります。
さらには、マムシグサやウマノスズクサのように、食虫植物のウツボカズラを思わせる怪しい形の花を咲かせ、哀れな虫をだまして花の奥へと誘いこみ、花粉を運んでもらった恩もあだに花の中に閉じ込めてしまって出さない花もあります。こうした裏街道の花はたいていよい香りとはいいがたい一種独特の微妙な香りを放ち、たいてい複雑なしかけの罠をしかけています。
知るほどに自然はおもしろい。だから愛しい。
前編、後編にわけて、植物たちのしたたかな生き方を(これでもまだほんの一部ですが)見てきましたが、いかがでしたでしょうか。植物は受け身だなんてとんでもない。思っていたよりもずっとずっとドラマティックで、そしておもしろいものだと感じていただけたら、とてもうれしいです。私の専門は植物学ですが、虫も鳥も動物も大好きです。みんな一生懸命に生きています。虫が怖いから花が触れない、なんてもったいないですよ。植物も虫も、知れば知るほど興味がわき、そして愛おしくなります。都会の公園でも野山でも、とにかく、まずは自然に触れて、かがんだりのぞいたり透かしてみたりしながらよく見て、触って、においをかいで、音を聞いてみてください。さまざまな生きものたちの存在に気づいてその生き方を探って、彼らをあったかい愛情でもって見守ってくださいね。これが、「自然保護」につながる、貴重な第一歩だと私は思います。
参考文献
『花生態学の最前線~美しさの進化的背景を探る』 文一総合出版 種生物学会 編
『増補改訂 植物の生態図鑑』 学研教育出版 多田多恵子・田中肇 監・著
Prolile